明治初期の洋装服地パッケージが収蔵されました。 [2015/8/26 歴史資料 記述者:店主]

明治初期にイギリス人が購入したS.SHOBEYの洋装服地パッケージが英国で見つかり、この度当店に収蔵されました。
初代 椎野正兵衛は、これからの横浜で外国人向けの洋装品が重要な製品になると考え、すでに江戸時代の末期には桐生の江原貞蔵と組んで洋服用生地の開発、製作を始めていました。自ずから桐生に研究所のような機能を持たせた店も構え、西洋に負けない洋装用織物を作り出していたのです。
ドレッシングガウンに見られるタフタ(薄琥珀)と呼ばれるものや、手巾とよばれるハンカチーフに使用したちりめんや絹羽二重については現物を見る機会がありましたが、その洋装生地なるものがどういうものかがよくわかっておりませんでした。明治5年から7年頃には、ブロケードやクレープなど、当時のヨーロッパの貴族社会で使用されていた絹生地を製造し、それを販売・輸出して好評を博していたという事実がS.SHOBEYシルクストアーの英文広告や文献で確認されておりました。しかしながら関東大震災で資料や製品すべてのものが消滅してしまい、さらに第二次大戦の爆撃により、手がかりになるものが日本に全く残っていませんでした。

今回、このイギリスから入手した洋服生地パッケージは、以前アメリカより収蔵した1860年製のドレッシングガウンの箱によく似た造りの曲げ木による筒状の木箱に、当時の絹生地がそのまま入っていました。この箱のつくりかたは、横浜開港(1859年)当時より椎野正兵衛商店のパッケージボックスとしてドレスや服装品に使用されていたものです。年代によってS.SHOBEYのブランドの表記や字体が少しずつ異なっています。この箱には「SHOBEY SILK・STORE YOKOHAMA JAPAN」と書かれており、木の箱の表面には黒漆が塗られ、内側には補強のためドレッシングガウンの箱と同じように文字書きした和紙が貼られています。箱はかなりの大きな筒で、蓋と本体の止め糸には革紐が使われています。

この箱に一緒に入っている生地には一部裁断されているものもあり、それは織限に浅くかけた形の琥珀織で、当時のイギリスでは女性用の服地として伝統のある絹生地でした。おそらく桐生のタフタを織った機場で織られたものであると考えられます。生地の色は浅葱色と呼ばれる明るい緑がかった青色をしています。
箱9センチ径で長さ74センチ、生地幅約70センチで長さ約6メートル。

横濱シルク博物館元部長 小泉勝夫先生による文字解読

「織 限 浅 口 欠 琥 珀」のそれぞれの文字の読み方は
「織(オリ) 限(ギワ) 浅(アサ) 口(ク) 欠(カケし) 琥(コ) 珀(ハク)」
 この文字の中の口(くち)という字は「く」と読みます。
 この一字が文全体を判読するカギとなっております。
 現代文にした文意は「織りぎわ(織りの端)に浅く(少し)欠けたところがある琥珀織物です」
 又は「織りの端(はし)に少し欠けた部分のある琥珀織物です」というような意味になります。